2018年1月25日木曜日

バイオロゴスと聖書の解釈の不協和音の結論

次に種はその種に従ってとあります、これはどう解釈するのかですが、簡単です、聖書は地球視点で説かれたと解釈しているのですから人間視点で解釈すれば良いのです、何故、神学者はこの調和を無視するのでしょう⁉実は人間が勝手に伝統や習わしに従って勝手に曲解していただけですとなります、種とは聖書の原本とかの翻訳から種類に従って生物は連鎖すると勝手に解釈をしていて固執しているのは先の天体の運行や大きい方を太陽である昼と呼び小さい方を夜と呼ぶのも地球視点で述べていると認めているにも拘わらずこの種に関しては柔軟に考えられずにいます、聖書の調和をこの部分に関して固執しているのは何故でしょう⁉となります。聖書の確たる権威は別の柔軟性にも現れているとは言えませんか、となります。
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