2018年3月21日水曜日

キリスト教の考察

今一度、様々な参考になる、見解を見渡してみて、今後のキリスト教について考えてみました。私がやはり神について述べ伝えるのは、自分自身に鑑みれば、絶望し、苦しむ魂に活力とみなぎる希望があり、世の中はまだ棄てたものでは無い、と言う事を広めたいからでありました。要素として、気になる箇所は、私なりには地獄と言うモノの捉え方、死についての捉え方、救いについての捉え方、等が現在は思い浮かびます、極めて正統派で信頼性があり馴染み深い教師と言えば日本ではやはり中川健一先生でしょう。まぁ地獄の概念は聖書にははっきりと書かれていますから否定の仕様もないのですし、しかも愛の神が決めたことですから反論のしようもありません、ですが私はモーセやアブラハム、パウロの気持ちを大切にしたいです、私が聖書を読んで人間味があり、単なる洗脳的で無い部分に感銘を受けた言葉があるからです、神が滅ぼすと宣言したにもかかわらず、善人が一人でも居たら滅ぼさないとまで神にしつこく質問し、同胞の為であればキリストの救いに預からなくても良いとまで語ったパウロの気持ち等です、神を信頼していますから地獄があろうが相応の魂が正当に苦しむ訳ですが永劫の苦に関してはサタンや悪霊などだけにしてほしいものです、私はキリストを信じないで亡くなってもキリストを信じる機会が正当にあると考えますが、ここら辺りが曖昧ですね。何れにしても神を信頼していれば心配はご無用なんですが、こだわりのある魂が存在し、説得する必要がありますから無視は出来ないわけです。次回は箇条書きにしてまとめていきます。
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